中国の体制内改革派に未来はあるか@シドニー

どこの国でも中国しか追わねえ
安田峰俊(Minetoshi Yasuda) 2026.08.07
誰でも

なんだかえっちそうな話を読者登録(無料)限定記事に書いたら、みんなポンポン登録しやがって。そんなにえっちなものを読みたいのか君たちは。theLetterの運営元は朝日新聞ですよ? 出稼ぎとか風俗とかスカウトとか、そんな話ばっかり書いていて大丈夫なのか?

なので今回は真面目です。というか、出稼ぎ案件だけ追い続けていると心がどんどん病んでいくので、本業のハード中国ウォッチをオーストラリアでもやるとしましょう。

素敵なお皿に盛り付けていただいた、自家製水餃子と大根煮込み。ああ、人情に心安らぐ……

素敵なお皿に盛り付けていただいた、自家製水餃子と大根煮込み。ああ、人情に心安らぐ……

先日、シドニー郊外の住宅地でお目にかかったのはF老师です。かつて1988年、国家の期待を背負ってイギリスに留学した改革開放中国のスーパーエリート。現在はオーストラリアの某大学で教鞭をお執りです。ご自宅にお招きいただき、先生が作った水餃子を食べながらお話を伺いました。

「天安門の当時な……。当時の我々は、民主とは何かはよくわからなかったのだが、中国を何とかせねばならぬと思っていた。なので、イギリス留学組の学生はみんな運動に参加したものだ。言うまでもなく、私もね」

若いときの石平さんと酷似したご経歴です。もっともその後の人生は異なりました。F老师は中国に戻られたからです。

「あのときねえ、実は在イギリスの中国大使館員たちも天安門の運動に賛成でね(笑)。彼らは英語ができて西側の社会を見ている立場だったから、私たちのことはわかってくれた。だから、国への報告書には『この者はいかなる政治運動にも参加しておりません』と書いてくれたんだ」

結構そういうことがあったそうです。当時、エリート大学生は中国における国の宝(そもそも人口における大卒比率が現在よりもはるかに少ない)。例の鎮圧や改革開放政策の停滞については、党内でも懸念が強かった。

ゆえに、えらい人たちも配慮してくれたわけです。そういえば、同じく武漢大学から天安門のデモに参加していた王志安のおっさんも、似たような事情でお咎めがなかったのでCCTVに就職できたと言ってましたね。

しかし、それにしても。昔の中国の大使館員は気骨があったんだなあ。いまの戦狼外交官どもは、その爪の垢でも煎じて飲めば良いのに。

近所の公園にいたカラスっぽい鳥。厳密にはカラスではなくオーストラリアマグパイといい、鳴き声がきれいだが行動はやっぱりカラスっぽいらしい。

近所の公園にいたカラスっぽい鳥。厳密にはカラスではなくオーストラリアマグパイといい、鳴き声がきれいだが行動はやっぱりカラスっぽいらしい。

帰国したF老师はやがてオーストラリアで職を得ますが、立ち位置はあくまでも中国の体制内改革派エリート。中国籍と党籍を近年まで保持し続けていました。

……へ? 党員ですか? やばくね?

いやいや、そう考えるのは早計です。現在の習近平体制からは想像もつきませんが、前政権(〜2013年)の時代まで、中国の体制内における改革派(F老師の表現では「現代派」)はかなり優勢でした。

すなわち、党はひとまず存続させつつも、政治体制をできるだけ民主化し、中国を民主・人権・自由・資本主義の国際的な普遍的価値観(普世价值)に寄せていく立場。世界から浮かない、摩擦を起こさない国として国際社会で健全な地位を占めていきたいという立場です。

経済面では自由主義、民間主導。透明性のある金融やマーケットの環境のためには、過剰な国家管理はよろしくない。

もちろん、改革派の考えにも濃淡はあるわけですが、F老师はそのなかでも濃いほうで、かつ地位が高いほうでした(なお、安田と仲のいい顏伯鈞氏は、「これから地位が高いほうになる」立場だったのに失脚してしまった往年の若手官僚ということになります)。

こうした党内現代派の人々にとって、かつてのホープは今は亡き李克強。さらに汪洋だの胡春華だのという面々でした。すべて、22年秋の第20回党大会を境に表舞台から完全に姿を消してしまった政治家たちです。しかし、往年は期待が集まっていました。

往年の李克強(1955〜2023)。

往年の李克強(1955〜2023)。

「李克強はわれわれと言葉を同じくする人物だった。もちろん、ああ偉くなってしまうと、できることはあまりにも限りがあったがね。しかし、彼はその根においてわかり合える部分があった」

「習近平はわれわれと言葉を同じくしない。あいつは話にならない。王滬寧は、言葉を同じくすることをやめた者だった。彼は刀筆の吏である。真の学者ではない」

ここでいう「われわれ」は、単に改革派を意味するというより、中華人民共和国の最上位エリート知識人コミュニティそのものを指します。相手が党官僚か否か、生活拠点が中国国内か海外か、果ては天安門で西側に亡命した在外民主派であるかも問題ではない。それより重要なのは、「言葉を同じくする」高位の士大夫であるか。

李克強の生前、彼と在米民主派の領袖である王軍濤の関係が話題になったことがあります。これもそういうことです。ある意味において、同じ中国共産党員である李克強と習近平の感覚よりも、同じ士大夫である李克強と王軍濤の感覚の方が近い場合がありうる。

ちなみに余談ですが、以前にサンフランシスコで、台湾の馬英九の書道の師匠でご本人も蒋王朝とゆかりのある老学者から、ビビるほど美味い広東料理をごちそうになったことがあります。この老学者は、実は海峡をこえて王滬寧とも知り合い。士大夫コミュニティは中華民国の国民党と人民共和国の共産党を横断し、さらにアメリカやオーストラリアまで伸びていたりもするわけです。

あー。中国のガチ知識人の家だー。

あー。中国のガチ知識人の家だー。

話をF老师に戻しましょう。彼は習近平とその茶坊主たちについては、ただの野蛮人として見限っています。F老师が今後の中国に期待するのは、いつか習近平政権が倒れた後の変化です。これまでの体制への批判が噴出し、改革派が復権する。党による国家支配は揺らぐ。中国はよくなるに違いない。

……安田としては、そううまくいくものかなあとも思うのですが。そもそも現代の世界は、胡錦濤体制末期(2010年代前半)と比べて、自由・民主・人権の「普世价值」の値打ちが世界的に大暴落しています。

中国が目指すべきモデルとするには、アメリカの現状はヤバすぎる。もちろん日本も、もはや「失敗の先行事例」以外の部分で、中国が学びたいと思える要素は限られている。とりわけ人権や民主主義について日本から学びたいとは、中国は決して考えないでしょう。

でも、オーストラリアやカナダあたりのミドルパワー諸国は、相対的に言えばまだ「普世价值」の理想を理想として信じ、それを他者に向けて語れる立場です。

ゆえに豪州在住のF老师は、その価値を信じるのでしょう。

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