三峡ダム決壊とか北京クーデターとか
そこらへんの、ネットで定期的に盛り上がる中国関連のデマがあります。毎回、中国屋の人(自分含む)は0.3秒くらいで首を傾げて呆れるやつです。ただ、不謹慎を承知で言えば、この現象は、多くの人が中国のカタストロフィ的事態を「起きてほしい」とか「読んでみたい」とか思っている心理が反映されたものでもあるのでしょう。
確かに、私もそれらを「想像」はします。現実に起きたら困るわけですが、心の中のわくわくスイッチが刺激されるのは事実です。……仕方ない。われわれ日本人はゴジラを生んだ国の民。平穏な日常がぶっ壊れるパニック・エンタメを求める性癖がインストールされている。
もっとも、われわれが従来親しんできたパニック・エンタメは、たいていアメリカか日本が舞台でした。世界2位の大国である中国はあまりない気がする。
私がパッと思い浮かぶのは、小松左京『見知らぬ明日』で文革中国に宇宙人が攻めてくる話と、『ゴジラ FINAL WARS』でアンギラスが上海を襲うシーンくらい。中国の作品だと、謎のウイルスが流行して「主席」がハチ型ドローンで暗殺される、王力雄『セレモニー』という政治風刺パニック小説がありましたっけ(すげえよな)。
……でも、もっと、そういうの見たい読みたい。
特に『セレモニー』みたいな政治的にも超ヤベえリアルなやつ読みたい。でも、あんまり世間にないっぽい。じゃあ自分で作ろう。
というわけで書いたのが、今回の新著『エンド・オブ・スカーレット』(星海社FICTIONS)です。なので小説です。以下は舞台裏の話。
WEB小説書いてしくじった
この話は、もとは某大手青年マンガ誌のマンガ原作向けに作ったものでした(近年はノンフィクション作家の原作が多いんです)。しかし、漫画家さんに第2話までネームを切ってもらったのに企画会議でボツ。でもキャラ設定とか世界観とか、葬るのはしのびない……。なので、最初はタダでも構わん書いてやれと、昨年夏にWEBの「なろう」&カクヨムで習作的な小説に仕立て直しました。
もっとも、WEB版の出来はよくありません。小説は初。しかも編集者なし。加えて細切れで公開していくので「やっぱ序盤にこのキャラ出したほうがよくね?」みたいな修正が不可能。そういえば自分、本業でもオムニバス的に話を繋げる作り方をしています。プロのライターを20年やってきて「首尾一貫したストーリー」を書いた経験がほぼなかった。気づくの遅くね?
というわけで、マンガ原作用のハコ書きがあった途中までは形になったものの、中盤からキツくなりました。それでも無理やり話は終わらせましたが、敵は倒せず未完エンド。中国崩壊も書けなかった。
なにより長い。小説描写で適切な解像度の見当がつかず、手探りでやった結果、書籍4冊くらいの分量になったのです。ファンがそれなりにいてくださったのは嬉しかったですが、明らかに「失敗」です。
ならば。このアレな小説はどうすれば商業レベルに達するのか?
編集者とライターってすげえな
同作は「失敗」でしたが、文体が崩壊とか無茶な超展開とかの、初心者あるあるの欠点はありません。いわば「フランス人シェフがクックパッド見ずに想像で作ったチラシ寿司」みたいなチグハグさ。いちおう食えるけど味がフリーダム。そして分量が10倍ある。
私もプロの端くれです。完成品を見て逆算する形なら解決策は思いつく。こうすればいい。
①ディレクションする人(編集者)をつける
②短くする
③プロットを整備して演出を再考する
まずは①の編集者。さいわい、星海社の太田克史氏が「序盤は面白かった」と興味を持ってくれました。太田氏は講談社の文芸誌『ファウスト』の創刊編集長で、過去に京極夏彦・舞城王太郎・佐藤友哉・西尾維新・奈須きのこ(各氏敬称略)らの錚々たる面々を担当。小説を読むプロです。拙著『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)の担当編集者でもあります。
「太田さん、小説道の入門をたのもー」
「マジでやる気ですか? ……わかった。地獄を味わう覚悟はあるか?」
当然、丹精込めて書いた作品が「長い」とか「話が動いてない」とかぼろかすにディスられる。かなしい。だめだ心折れる。だがそれがいい。週刊誌記事を書きはじめた平成中期の講談社一局編集部を思い出すぞ。おもしれえもんは書き手が編集者を呪わなきゃできねえんだ。くそ。許せん。太田が悪い。
いっぽう、②の「短くする」は私の得意分野です。週刊誌に5ページの原稿を上げてから「安田さんスイマセン! 大事件起きたんで3ページで!」とか言われるのは日常茶飯事。自分の文章なら、エッセンスを保って分量を半分にも倍にも自在に変えられる。プロのライター文章術をなめちゃいけない。
書籍版の改稿で、ストーリー中盤の山場「界域脱出編」までの話は、WEB原作の約15万字を約4.5万字に縮めました。しかも、新キャラを入れたり序盤の対日テロをもっとハードにしたりしているのに、話の筋はブレていない。
ちなみにWEB版は、敵の中華サイバー軍閥を強くしすぎたことが失敗の一因です。なので心から反省して、さらに5倍ぐらい強くしました。核ミサイル発射とか南京占領とかしてるぞ。強すぎじゃねえか。どうやって勝つんだ。
で、③のプロットや演出です。恋愛要素とかサイドストーリーで展開が足踏みしたWEB原作の中盤以降は80%カット。最初から最後まで1ページの容赦もない中華ハードボイルド近未来ディストピアSFエンタメに作り変えました。中盤以降、現代中国を舞台にリアルな地獄がばんばん発生し……。三峡ダムは大丈夫か?
章単位でプロットをきっちり作り、ラストを綿密に決めることは重要でした。ノンフィクションだと、ラストが多少モヤっても「事実」を伝えれば読者は満足してくれますが、エンタメ小説は違います。スカッと終わってカタルシスが必要。結末から逆算して作るので、ノンフィクションとは製造法が逆なんですね。勉強になった。
で、どんな本だよ?
というわけで、現代中国パニック・エンタメ小説『エンド・オブ・スカーレット』は8月19日刊行です。イラストはなんと野上武志さん。WEB原作当時からお読みくださっていて、一肌脱いでくださった形です。
なんと挿絵イラスト数は18枚も、短編1本ぶんくらい描いてくださった。野上大明神、男気がありすぎる。全国の野上ファンの皆様も満足するしかない。本書はぜひ、『オルクセン王国史』(原作:樽見京一郎氏)と『はるかリセット』とセットでお求めください。
……最後にストーリーを紹介しておきましょう。
近年、日本でもニュースを騒がせる東南アジアの中華系特殊詐欺拠点。リアルの世界だと、暗黒経営者がサメをペットにしたり高級品を爆買いしたりと、ありがちな成金ムーブに堕しがちです。
でも、仮に彼らがめっちゃ真面目に努力する人たちで、カネを使ってキレッキレに強いサイバー軍閥を作ってミャンマー内戦の覇権を握ったら? そして、日本をターゲットに大規模なテロ攻撃を仕掛けはじめたら……?
この事態に巻き込まれるのが、浅草橋のブラックIT企業勤務の主人公と、なぜか彼を監視する中国大使館員のヒロインです。やがて、なぜかチベットの活仏の野球選手と、『人民曰報』の真面目な女性記者と台湾チアガールが出てきてわちゃわちゃしていたら、東アジア全域を巻き込む規模で巨大テロが発生。やがて中国の崩壊がはじまる──。そういう話。
私の本業やXアカウントの読者の方は、特殊詐欺拠点、ミャンマー軍閥、中国大使館、チアガール、といった言葉でピンとくるかもしれません。そう。作中の舞台はほぼすべて、私が本業で取材したかそれに近い場所。登場人物もたいていモデルがいます。なので作中の世界はノンフィクション並みに現実。リアルで中国だと思う。
キャッ! 地獄しかない
もっとも、私はライターとして「可読性が低い文章は商業で読ませてはいけない」と思っています。なので文体だけは、ファーウェイの最新スマホ並みに超薄型軽量化。ラノベっぽい感じにしました。
ただし、ラノベっぽくても「キャッ! お兄ちゃんのエッチ!」みたいな描写はほぼないです。
かわりに、上野のカフェが中華軍閥ドローンで乱射されてキャッ! とか、三峡ダム決壊で長江流域1000kmが壊滅して真顔でギャァァ! とか、なぜか中国の言論が自由になり人民がスマホ片手に親日派を吊し上げるネオ紅衛兵になってウギャァァァッ! みたいなのはいっぱいある。
・中国が最も安定する体制はなにか
・本当に「中国崩壊」が起きたらどうなるか
・中国社会に「自由」が生じたら日本人はどうなるか
こういうことを想像して書くのも、フィクションの方が向いています。
小説好きの人はもちろん、「中国本は読むけど小説はいいや」と思う人こそ手に取ってみてほしい。実際に起きそうなことを事前に体感してもらうために、小説という表現形式が必要なこともあるのです。
本書はたぶん、ヘタなノンフィクションよりもはるかに”ノンフィクション”。最後の1ページまでヒリヒリして読めるはずです。
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