おまえらが出張先で缶ビール入れてるビジホのミニ冷蔵庫の正体について
7日の深夜からメルボルンに移動しています。そして昨日8日、行ったのはボックスヒル(博士山、Box Hill)。例によって、住民の家庭内言語が中国語(普通話)&広東語である比率が40%以上という現代型の郊外チャイナ住宅街。メルボルンにいるのにセント・ポール大聖堂もキャプテン・クックの家も見てないけど、俺はそれでいいんだろうか。
ちなみにメルボルン自体は、世界でロンドンに次いでヴィクトリア朝時代の建築物を多く残す場所と言われ、全世界の「住みやすい街」ランキングでもしばしば1位を獲得している都市です。開放的でハイテンションなシドニーと違い、しっとりして落ち着いた雰囲気を感じさせます。

Degraves Street。カフェ行きたいがお金もったいないのであきらめる。

こちらは市内中心部CBDにある伝統的チャイナタウンにある中郷銀行様。他都市と同様「チャイナタウン」と地名になっている場所は、観光&飲食用であって必ずしも生活の場ではない

これまで豪州への関心がなさすぎて、ワーホリ兄ちゃんとコアラとカンガルーの印象だけだったんですが(ひどい)、こういう味のある街がある国なのだなあ……。
さて、話をボックスヒルに戻します。この街はメルボルン東方の住宅街。
メルボルンはもともと、歴史ある街だけに早期から華人コミュニティが存在し、市内中心部のCBDには伝統的チャイナタウンもあったりするわけなのですが、ボックスヒルは中国の改革開放政策以降に発展した(というか、今世紀にニューカマーが増えてからさらに拡大した)、ニュー中華コミュニティです。
まあ、要するに西川口です。本家の西川口よりもうちょい上品な気もしますが、西川口。

すべては中国語の世界

豪州の物価からすると、瓶ビールがめっちゃ安いぞ!やったね!(※1AUD=約110円)

不動産屋。儲かってそうだ。

沙县小吃があると「意識が高くない中華タウン指数」が+50されます
国家安全部拘束案件
そして、ここから数キロ離れた住宅街でお会いしたL女史は、オーストラリア籍の華人です。お父様が1980年代に博士課程留学生としてこちらで学ばれ、1989年の天安門事件に絶望してそのまま家族でオーストラリアに残留、帰化。在外中国人のエリート層はガチの高度人材多いです。
で、ジャーナリスト志望だったL女史は祖国の発展に惹かれ、中国国内の体制側メディアの英語チャンネルで働きました。ここまでは、割とありがちな華人2世の人生です。しかし……。
2020年、彼女は突然、国家安全部に拘束されます。やがて逮捕され、拘束日数は1100日以上。目下、日本人もすくなくとも20人弱が拘束されているとみられる、あれです。
「有罪判決が出るまでの数ヶ月間の方がしんどいのですよ。拘置所の部屋で中国側の係員2人から24時間監視される。トイレも入浴も。運動は1日3回ほど、わずか1.5メートルほどの空間を往復させられるだけ。睡眠を妨害する拷問もある。この苦しみのなかですべてを喋れということです」

こんな感じで24時間、「監視」の人間が張り付く。監視側はシフト制で交代。会話は許可されず、「トイレに行きたいです」などの申し出のみ可。室内には窓も時計もなく、日時を把握することは不可能。なお「有罪判決」を受けると刑務所に身柄が移るため、皮肉にもこの状態からは解放されて普通の囚人になれる。
もっとも、国家機密の漏洩と言われても、本人にほとんど心当たりがありません。
後に推測されたのは、コロナ初期にオーストラリア政府が中国政府に原因究明を強く要望したことで、豪中関係が悪化したことへの「報復」(もちろん中国側はまともな説明なんかしないわけですが、安田もこの理由が一番妥当だと感じます)。
他にも数人の在中豪州人がターゲットになっていたのですが、そのなかで華人系であるL女史が優先して狙われたというわけです。ちなみに当時の中国の対豪州制裁の巨大ヴァージョンが、昨年11月の高市発言に対する対日制裁です。「報復の一環」として相手国民を国家安全部案件で拘束する中国の行動は、すでにL女史の件など前例がたっぷりあり、というわけですね。
「監獄は国家安全部案件で捕まった人たちが30人ほどいました。実際にスパイをやった人は、たぶん1〜2人くらいで、あとは理不尽な収容だと感じました。韓国人やロシア人もいましたね。もちろん台湾関連や日本関連の収容者もいましたが、当時は日本人については、自分は見なかったです。ただ、日本についてだと外交官の●●がらみで拘束された例の──」
L女史は話します。もっとも、この手の細かい話は、theLetterで書くよりも商業媒体で書きたいところ。むしろこっちで紹介するのは、商売向けの文章じゃあまり書かないほうのエピソードでしょう。
「カナダ人やオーストラリア人も何人か捕まっていました。ただ、加政府や豪政府、それに国民は救援のためにものすごく声を上げてくれたんです。私はそれにすごく感謝しています。しかし、日本の政府や世論はあまりそういう感じがしません。なぜなんですか?」
取材中、彼女からそう尋ねられました。
「日本人は同胞に冷淡なんです。仮に僕(安田)が拘束されても、助けようという動きは大して出ないですよ」
「オーストラリア人としては、これが不思議です。私自身もジャーナリストなので、逆に安田さんに取材したいんですけど……。なんでなんですか?」
「うーん、日本人としては当たり前の感覚なので、なぜかと聞かれると……」

犬を3匹飼っているおうちでした。
こういうとき、答えに困ります。
①すごく雑だけれど説得力のある回答。
「日本人はそういうもんです。じゃなきゃ、未来を担う同胞の若者を特攻機に乗せて米軍艦に突撃させたりしません」
②まともに答えているがやや浅い回答
「日本における人権概念は、敗戦後にアメリカから命じられて掲げただけの建前です。カナダやオーストラリアのように、国民が信念として抱いている考えではありません。日本国民の感情として、それをなによりも尊重すべしとするコンセンサスは希薄です」
③踏み込んで答えているが理解されにくそうな回答
「実のところ、日本にも社会内部の助け合いや同胞愛の概念は20世紀までは存在しました。しかし、これらは西洋的な社会規範意識に基づくものではなく、むしろ地縁血縁のコミュニティや天皇に対する親しみなどの土着的かつ情緒的(非論理的)な情感が敷衍される形で発揮されていたと想像されます。
ゆえに、ゼロ年代中盤以降の日本型新自由主義政策のもと、地縁血縁の情緒的なコミュニティの破壊と中間層の没落が進行すると、20世紀日本の旧環境に依存していた相互扶助や同胞愛の感情もまた失われたと指摘できます。
ゆえに現在の日本の主流世論においては、自分自身が情緒的なつながりを持たない誰かの拘束は「同胞の苦難」ではなく「他の人(=自分)に迷惑をかけている行動」であると解釈され、同情の対象になりません。
日本政府としても、世論の支持もないのに拘束者の救出に多大なリソースを費やす仕事は、積極性を発揮しにくいと思われます。
とりあえず、時間がなかったので②で答えましたが、本当は③に近いんじゃないかな。ただ、日本社会の肌感覚を知らない相手に、③をわかりやすく伝えることはかなり難しいと思われます。
いや、私の薄っぺらい日本論はさておきましょう。L女史からは、他にも興味深い話を聞いているのです。
「監獄の収容者たちの一部は労働を強いられ、給料は1ヶ月たった1元(約23円)でした。それで作っていたのが、中国系大手メーカーの冷蔵庫のセンサーなんです。ほとんど無料に近い金額で製造させているんですよ。出獄した友人の一人は『中国メーカーの冷蔵庫はこの先は絶対に買わねえ』と言って、パナソニックを買っていました」
ああ、たとえば、安いビジネスホテルの部屋とか、一人暮らしをはじめた大学生が家具付き物件に住んだときに室内に備え付けてある、例の立方体の冷蔵庫。最近はほとんど中国メーカーのはずです。
僕らがビジホでビールを冷やすときに開けているドア。そのセンサーはもしかすると、国家安全部に拘束された囚人が作ったものかもしれません。

AI画像。実在のメーカーとは関係ない、架空メーカーのメイアール製冷蔵庫です。AIなので実在しません!
「世界の人に知ってほしいんです。あなたが使っている中国製の冷蔵庫、本当はものすごく非人道的な場所で作られているかもしれないですよ。そう想像してみてください、と……」
L女史は言います。
そうだった。日本にある私の仕事場にも、このタイプの冷蔵庫があるな……。
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