ノンフィクションとフィクションの間②
引き続き、小説のなかでフィクションのフリをしているけれど、本当はモデルがあったり実在したりするものについて解説していきましょう。
→特殊詐欺拠点の朝礼
ラスボス・王昊天のいる新中華界域に行ってみた主人公の翔平。彼は到着したタチレク空港で中国系の男に騙され、特殊詐欺拠点に「社員」として連れて行かれます。
なお、ちなみにこういう特殊詐欺拠点(園区)は現在もミャンマーなどにたくさんあります。施設内部の描写はほぼノンフィクションです。
作中では経営者が台湾系ヤクザですが、これもちょっと前のカンボジアでは本当にそういうところがあったので反映。たとえば2025年5月に日本人の詐欺従事者29人が拘束されたポイペトの金河園区は、台湾の高雄のヤクザの経営であると中の人から直接聞いています。

金河園区。台湾系なので道教の廟があるのがポイント。安田撮影
で、作中の詐欺従事者たちは仕事前に駐車場に集められて「富裕層になるぞ、なるぞー」と叫ぶ朝礼をやっています。これの元ネタは、TikTokで見た中国系の特殊詐欺園区(場所はたしか作中と同じミャンマーのタチレク)で、中国語でやっていた朝礼がモデルです。マジで「富裕層になるぞ、なるぞー」を連呼していたので。
なお、特殊詐欺オフィスを「会社」、詐欺被害金額を「売り上げ」、上司を「部長」などと呼ぶ特殊な語彙は、特殊詐欺拠点の日本人マネージャーだった人から実際に聞いた本物の業界用語です。日本人が働く詐欺拠点は、本物の会社のような組織形態が取られています。
→台湾チアガール
主に男性読者から圧倒的支持を誇るキャラ、台湾チアガールのヤーヤー。
しかし、彼女が魅力的なのは当たり前。実はかなり直接的なモデルがおり、雰囲気と性格がそっくりな人が、台湾北部の某チームの人気チアとして実在します。ご本人に取材した際のメモに「なんだこのかわいすぎる生き物」と書かれています。めっちゃ応援しているのでがんばってほしい。

作中で「台湾有事」を徹底してギャグとしてしか扱っていないのも、ある意味でノンフィクション。日本の人たちは台湾有事に煽られすぎです
いっぽう、上記のモデルの方とはまったく関係ないのですが(※ご迷惑になるといけないので強調。彼女は性格もいい人なのでトラブルとは無縁です)、台湾チアの業界自体には闇もあります。
なぜなら、彼女らは会いに行けるアイドルとして日本のAKBなんかと似たポジションの存在にもかかわらず、事務所が存在しない(ことが多い)個人事業主。なので、投げ銭やパトロンをめぐるトラブルもしばしば起きます。作中でヤーヤーが巻き込まれた事態は、やっぱり業界内の一部の現実にもとづいている。
個人事業主としての怖さを物語るエピソードとしては、台湾プロバスケの人気チアのWendyが2024年に通常のギャラの2倍で忘年会(尾牙)のゲストに呼ばれたので行ったら、ヤ●ザの忘年会だったという鉄板ネタがあります。
そもそもヤ●ザ、台湾では身近です。タピオカと九份と台北101だけの国じゃないんだぞ台湾は。みんなわかってるか?
→大洪水と三峡ダム崩壊
これは不幸にして……。という話ですが、作中中盤ではフィリピンのダム津波と、三峡ダムの決壊のイベントがあります。ところが、本書発売からほどなく、ネパールの山津波で同じことが起きてしまいました。(犠牲者のご冥福と、被災地の早期の復興を祈ります)。
ほか、作中中盤では中国の空中経済が暴走し、大量のドローンが建物や人間を襲撃するシーンがあります。こちらについても原稿がほぼ完成していた今年6月、北京のビルに小型飛行機が突っ込む事態が発生。やがて9月、首都の北京市内におけるドローンの飛行……どころか、所持や持ち込みすら禁止する法整備がなされました(施行は11月から)。
現実がフィクションに追いついている。
もっとも、これはゆえなきことではありません。中国史上で王朝が天命を失う理由は治水の失敗と相場が決まっている。また、非常に強固な現在の中国の体制が大ダメージを受けるほどの事態となると、「洪水」という想像は中国屋としては妥当な想定だった、と言わざるを得ないからです。すくなくとも、ネパール洪水発生前の時点であれば。
ドローンについても同様です。監視大国である現代中国で、仮にテロが起きるなら? 天安門に自家用車で突っ込む、駅を爆破する……といった2010年代まで起きていたテロは、現代中国では容易に起こらない。となると、ニューエコノミーの領域で規制もまだ弱い「空」しかあり得ない。
ちなみに北京市内のドローン規制法は、(おそらく小型機事故を理由にいっそう厳格化されたものの)法律自体は2026年3月に採択されています。中国の為政者の側も、私と似たような発想からリスクを認識していたかと思われます。
→哪吒2号
新中華界域が運用する戦闘用スマート外骨格「哪吒2号」。要するに中華版ターミネーターです。作中の山海関の戦いにおいて、わずか500体で人民解放軍北部戦区4万人を殲滅するというクレイジーな活躍を見せます。正確には生身の兵士が装着するパワースーツなので、ターミネーターよりもロボコップに近いのですが。
構想段階のモデルは、中国企業が開発している外骨格ロボでした。
しかし、刊行後の9月になってもっとドンピシャなやつが中国で登場しました。中国兵器工業集団の傘下企業が開発した治安維持ロボットです。本物の中華版ターミネーターが出てきてしまった。
しかも、名前は「伏犠」です。中国神話由来。安田がフィクションで名付けた「哪吒」と基本的には同系のネーミングセンス。自分の読みが当たりすぎてちょっと怖い。ちなみに、マンガの『封神演義』を読んでいた世代なら哪吒も伏犠も両方ともお馴染みですよね。
え、ところで哪吒2号はなぜ「2号」にしたのかって? こちらは、よく似た名前の、中国政府が国を挙げて国内外に見せたがっているアニメ映画のパロディです。
→民主抗日大革命
作中終盤の入り口。党が衰えて言論が自由になった中国では、「党内や軍内に日本のスパイが10万人いる。政治が庶民のほうを向いていないのはこのせいだ」といった危ないデマが流れます。結果、中高生が抗日を旗印に在留邦人や親日派を吊し上げる「民主抗日大革命」が勃発します。
しかしこのデマ、実は私が「快手」という中国のショート動画サイトで、マジで見つけた陰謀論です。2024年夏に中国の日本人学校に通う児童が相次いで襲撃されるひどい事件が起きたことがありますが、この事件の背景にも「日本人学校はスパイ拠点」とするショート動画のデマがあったと、しばしば指摘されています。
言論が自由ではない現実の中国ですら、日本関連についてはこの手のデマがいくらでも発生する。抗日文革のほうが現実化しないことを祈ります。
→ウイグル傭兵部隊
作中終盤、亡命先であるシリアやガザで戦い続けたウイグル人の傭兵部隊「黒刃突厥」が登場します。当然、こちらもモデルがあります。
もともと、ウイグル問題が深刻化した2009年以降、イスラム圏に亡命するウイグル人は多数いました。2014年ごろ、この件で現地取材歴があるジャーナリスト(ご迷惑になるかもしれないので名前を伏せます)に話を聞いたところ、当時勢力があったイスラム国やヌスラ戦線などの武装勢力に合流したウイグル人がけっこういたとも聞きました。
ただ、中国出身であるウイグル人、当時の時点では戦闘スキルがなかったため「弾除けみたいに使われている」という悲惨な状態にあると。亡命先も地獄だったという、しんどい話です。
しかし、小説の作中舞台は2028年ごろです。この時期であれば、現地で戦い慣れて特殊部隊任務もこなせるウイグル傭兵団ができていても、荒唐無稽ではあるまい……。そう考えて彼らを登場させました。

ストーリー終盤に登場。隊長は元人民解放軍の尉官で亡命ウイグル人のマフムード・セリク
……結果、なんと刊行後におそるべき情報が判明します。戦場カメラマン系VTuberの旅野そらさんの配信に出たときにご本人から聞いたところ、ほぼガチで安田が想像した通りだと。
シリア革命において、数千人規模で活躍したウイグル人部隊がおり、もとは外様の客将ながらシリア新政権の将軍クラスになっているウイグル人がいるというのです。思った以上に本当の話だった。
本業で取材してみたいものですが、中国語で取材したらめちゃくちゃ嫌な顔をされそうです。シリアにもウクライナにも、安田基準で取材したい中国関連スクープの存在はすでに確認しているんですが、ハードルは高い。金もかかるな……。
さておき、フィクションなのに異常にノンフィクション。それが『エンド・オブ・スカーレット』。
安田が書くと、小説もそうなってしまいます。むしろ、実取材できないものや表に出せないものを、フィクションなのをよいことにぶち込んだ作品なのかもしれません。
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