ノンフィクションとフィクションの間①

実は大体モデルがある
安田峰俊(Minetoshi Yasuda) 2026.09.28
誰でも

私はルポライターです。ノンフィクション作家などの肩書きのときもありますが、要するに現実のものを取材したり文献にあたったりして、それを一般読者向けにわかりやすく伝達するのが本業です。

しかし、8月に出した『エンド・オブ・スカーレット』は小説です。読者の反応は好評ですが、中国に詳しくない人ほど「面白いが荒唐無稽」という反応になるようです(なお中国に詳しい人の場合「リアリティありすぎて引く」となります)。

しかし、声を大にして言いたい。

作中のトンデモっぽい設定は、たいてい元ネタやモデルが存在します。今回はそちらの話をしていきましょう。なお、書籍が未読でも全然問題ないですのでご安心ください。

→監視対象と酒飲む外交官

作中冒頭、中国外交官であるヒロインのアイスが、「監視対象」の主人公・高田翔平と神社で缶チューハイを飲んで酔っ払っています。設定としては、監視は一種の懲罰任務。ガチなインテリジェンス業務ではないことが示されており、ムカついて酒に走ったという構図です。

とはいえ、中国外交官の若手に、そんなにゆるい人がいるのか?

答えはイエスです。5年ほど前ですが、日本国内にいる20代の女性外交官(日本人がみんな知ってる某有名外交官の当時の秘書)の名前を調べたところ、なんと実名鍵なしの本人Facebookが見つかりました。

で、彼氏の名前もプロポーズの日時と場所(北京の動物園だったはず)も、学生時代のホームステイ先である日本のじいさんばあさんの顔も、全世界に向けて大公開。ゆるい。ゆるすぎる。

ほか、中国の「監視」の微妙なユルさは、むかし私が編訳した顏伯鈞『暗黒・中国からの脱出』でも出てきます。編訳過程でカットした箇所ながら、北京で顏伯鈞を尾行していた国保(日本でいう国内向けの公安の人)の人員が、交通系ICカードの残額が足りなくて路線バスを降りられず、顏伯鈞を見失ったというトホホな話があったりする。

もちろん、中国の過酷な監視社会を「ナメていい」という話ではありません。でも、中国の組織なのです。現場がたまに(割といつも?)、ビビるほどゆるいケースはある。出世に関係ない部署や、若手だとなおさらです。

ちなみにヒロインのアイスは紅二代。つまり党の高級幹部の子女です。そういう女子の実態もすでに知られています。詳しくは過去のこの記事をご覧ください。

→超能力(人体特異効能)

主人公の高田翔平は「人体特異効能」という超能力を持っています。親が中国政府の研究対象だったという話。うわー、いくらフィクションでも超能力設定はズルくて引くわ……。

いや、待ってください。これは実在します。

中国では1980年代、「耳で字が読める」少年少女が『四川日報』ほかメディアで報じられ、中国ミサイル研究の父である銭学森もこの研究に熱中。葉剣英だの薄一波(アイスのご先祖のモデル)だのの党長老のもとに怪しい気功師が出入りしたり、国として研究がおこなわれたりと、党と国家を挙げたサイキックブームが起こりました。

当時のトップである胡耀邦は沈静化を図りますが、この流れは1999年の法輪功事件まで続きます(そもそも法輪功も、この手のブームから生まれた集団だったりします)。ここらへんの事情は、詳しくは安田の『現代中国の秘密結社』をお読みください。

なお、作中では日本の大メーカーが中国と合弁で超能力研究をやっていた設定です。こちらのモデルはソニー。井深大が晩年、本当に「エスパー研究所」を社内に作っていました。中国政府との合弁だけはフィクションですが、このくらいはお話で許される範囲でしょ? 井深大は東洋系のサイキックが好きだったみたいですし。

80年代中国の気功ブーム。鍋をかぶるとパワーを吸収できると信じる集団も登場

80年代中国の気功ブーム。鍋をかぶるとパワーを吸収できると信じる集団も登場

作中、翔平は「刀槍不入」という一種の無敵能力を持っていますが、これも1901年の義和団事件のときに義和団兵たちが自称した、史実で本当に名前が出てくる能力。作中ではこの力が人体特異効能だったとしています(無敵能力は強すぎるので、1分程度で力が切れる設定にしましたが)。

さておき、超能力も無敵能力も元ネタがあるわけです。中国にはすべてがある。ナメてはいけない。

→腐女子の人民曰報社員

作中、アイスの相棒として活躍するのが、真面目な中国共産党員で党機関紙『人民曰報』駐日記者……のフリをして、正体は激エモ激シコBLを執筆する覆面同人作家の謝雨萌です。

そんな人いるのか? たぶんいる。だって中国に腐女子はいっぱいいるから。あと、毛沢東×周恩来や、鄧小平の若いときの801小説と、胡錦濤のBLは存在すると聞いたことがある。それなら習近平BLくらい書くやついるだろ。ちなみに知人の腐女子によると、胡錦濤は完全に「受け」で大変エモいそうです。

謝雨萌さん(中央)。野上武志先生が張り切って描いてくださった薄い本の表紙がすてき。なお、謝雨萌さんの鉄板CPは前総理×主席

謝雨萌さん(中央)。野上武志先生が張り切って描いてくださった薄い本の表紙がすてき。なお、謝雨萌さんの鉄板CPは前総理×主席

でも、中国のエリート共産党員に腐女子はいるのかね。

それは知りませんが、とりあえず中国駐大阪総領事館にある時期まで重めのオタク(30代男性)がいて、パンダのタンタンの萌えキャラ化とか、コロナ初期に美少女COVID19ちゃんとの戦い漫画を総領事館公式Twitterで連載とか、超フリーダムな事業を手がけていた事実が確認されています(上司の総領事が戦狼になってからストップしました)。

腐女子だっているんじゃないでしょうか?

→失踪したチベットの活仏

作中のキーキャラクター、巨漢の独立リーガーにして正体はチベットの活仏である仁間班禅。彼の設定は、ヒネりなさすぎるくらいモデルそのまんまです。詳しくはパンチェン・ラマ11世(ゲンドゥン・チューキ・ニマ)について調べるとわかります。

仁間のデザイン、イメージぴったりでお気に入りです

仁間のデザイン、イメージぴったりでお気に入りです

史実のパンチェン・ラマ11世は、6歳の時におそらく中国当局に拉致されてそのまま行方不明。ただ、作中の仁間は、拉致先から脱出して逃げ回った末に福建蛇頭の密航船に押し込まれ、日本に流れ着いてそのまま柴又の下町で成長したという設定です。

→新中華界域

ラスボスの王昊天がミャンマー東部のシャン州に築いた中華サイバー軍閥「新中華界域」。こちらもモデルがあります。

まず軍閥としては、中国・ミャンマー国境に展開する中国系軍閥のワ州(佤邦)やコーカン(果敢)がモデルです。また都市としては、ミャンマーのカチン州にある亜太新城と、ラオスの金三角特区などがモデルです。いわゆる「中華暗黒ベルト」の諸都市です。

亜太新城や金三角特区は、一帯一路政策を背景に建設が拡大した「中国国内そのまんまの街」。でも、中国の国内法が適用されないので、詐欺・売春・麻薬・人身売買なんでもござれ。むしろこれらで経済が回っている激ヤバ暗黒シティ。

こんなもんがノンフィクションで存在する現実がすごい。

2025年夏における中華暗黒ベルトの全容。すべてが暗黒

2025年夏における中華暗黒ベルトの全容。すべてが暗黒

もうひとつのモデルが、カンボジアの特殊詐欺園区(巨大詐欺パーク)の元締めだった太子集団(プリンス・グループ)です。

こちらは同国内で5本の指に入る財閥で、フンセン政権にも食い込んでいた巨大な政商。代表は陳志という人物ですが、すでに拘束されて中国に送還(口封じ)されています。その幹部が日本に逃亡していて、先日捕まったりもしています。

もっとも、陳志たちは特殊詐欺で儲けたお金でピカソの絵やプライベートジェットを買ったり、サメをペットにしたりして無駄遣いしていました。でも、作中の王昊天は真面目なので、そのお金をもっと増やして中国本土を上回るサイバー体制を整備。最強の軍閥としてミャンマーの領土を切り取っています。

→界域人民C層とエロゼリー

新中華界域の「サイバー人民公社」で暮らしているのが、「界域人民C層」と呼ばれる意識の低すぎる人民です。彼らのモデルは三和ゴッド。安田がむかし取材した、深圳郊外のネトゲ廃人村で暮らすダメダメな人たち、そのまんま。

いっぽう、この人民C層の最大の楽しみが、家庭幸福果凍。通称エロゼリーです。服用すると性欲や性感が異常に高まり、自堕落な暮らしがさらに楽しく……。え、モデルはあるのかって? あります。

直接性感が高まるわけではないようですが、男性がばっきんばっきんに元気になる(らしい)謎のゼリーが、中華暗黒ベルトでは手広く流通しているからです。

現地の性風俗店の中国語広告を見ると「免费送果冻」(ゼリー無料プレゼントサービス)とか、危ない言葉がよく書いてある。その普及のほどが想像できます。あと、成分が同じなのかよくわかりませんが飴ちゃんタイプもある。

ゼリーの正体を調べてみたところ、日本国内では未認可のお薬らしい。ネットを見ると服用してぶっ倒れた人もいるそうで。これで病院にかかった場合は保険がきかない場合あり。たとえ好奇心があっても試さない方がいいでしょう。

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フィクションのはずなのにめちゃくちゃノンフィクションだった。まだ続くので、次回に分けます。

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